刊行予告「人生の意味のつくり方:幸せと自己肯定感のためのレッスン」

2024年内に刊行を予定している書籍「人生の意味のつくり方:幸せと自己肯定感のためのレッスン」の予告ページです。

現状で公開できる情報は多くありませんが、「はじめに」の章の一部となる予定の序文を以下に掲載しておきます。お楽しみください。

序文:この本は何のために書かれたのか

あなたが探し続けている何かについて

本書「人生の意味のつくり方:幸せと自己肯定感のためのレッスン」を手に取っていただき、ありがとうございます。このようなタイトルの本を手にしたということは、あなたは今まさに、それを探している人だということでしょう。ようこそいらっしゃいました。

本書で扱うのは、人生の意味という非常に大きなテーマです。そして本書のタイトルは、人生の意味の「探し方」でも「見つけ方」でもなく「つくり方」となっていますね。最初にお断りしておくと、この本では「これこそが人生の意味です」という答えは提示しません。

私が本を書くときにいつも意識しているのは「嘘を書かない」という点です。本書の前半で詳しく論じていくとおり、人生の意味とは言葉で定義されるものではないし、誰かが与えてくれるものでもありません。その人にとっての意味の感覚はその人に固有のものなので、苗木を大きな木に育てて何十年後の果実の収穫を目指すように、自分の力で自分自身の中に育てるということが必要になってきます。本書のタイトルに掲げた「つくり方」という言葉は、そのような意味を込めたものです。

そしてこれは、世間でよく耳にするような「自分らしく生きよう」といったふわっとしたメッセージとも異なります。そもそもこの物理的な世界には意味が存在していないから、意味という感覚は自分の主観の中に見つけるしかなく、それは原理的にそうなっているのだという話です。

つまり、この本は「自分らしく生きるってなんか素敵だよね」というだけの曖昧な理由で書かれたものではありません。私が本書によって行おうとしているのは、「そうしないとあなた自身の人生の意味は決して見つかることがないのだ」という指摘であり、これは「人生の全体を無意味なもので終わらせてはならない」という、ある種の危機感に基づいたものと言うことができます。

幻想を信じて生きることをやめる

この本は何か抽象的で哲学的な理論を立てることを目的としておらず、あなた自身が実際に人生の意味や幸せの感覚を得るためにはどうしていったらいいのかということを考えるために書かれています。しかし、最初に「自分らしく」というのが「そのようにしなければ意味の獲得は原理的に不可能」という必要性に基づくものだという話をしたように、理屈としてきちんと筋が通っているという点は重視するつもりです。

「こうすれば幸せになれます!」という話芸で一時的な盛り上がりを得たとしても、それであなた自身の人生が実際に改善されないのならば、そんな話は何の役にも立ちません。こういったものをフィクションの世界や、ある種の娯楽として提供するのならばまだ許容できますが、こうしたメッセージを真顔で主張する人がいるから困るのです。私にはそれは詐欺師のやることのように見えます。

こうすればビジネス上の劇的な成功が約束されるのだという方法論や、ただひとつの端的なコンセプトによって驚くほど幸せになれるのだと主張する自己啓発本があります。そのときは感動して気持ちが高揚したような感じになりますが、一ヶ月もすれば何を読んだのかも全部忘れているし、本当に使えるノウハウなどは何も残ってないし、あなた自身の生活は何も変わっていないでしょう。

ただひとつのメッセージによって人生が劇的に変わるというのは幻想です。そしてこの世の中には、そのような幻想を売って商売をしている人たちがたくさんいます。

あなた自身にとっての正しい答えにたどり着くためには、人間がどのように誤る傾向があるのかという点を知る必要があります。運転免許の講習でも、お菓子を焼くことでも、失敗例と対策を知るというのは学びの重要な要素です。人生の意味付けという重要な仕事において、ありがちな失敗と後悔を避けるための知識と考え方を提供するということも、本書の主要な目的のひとつです。

答えが未知ならば、容易に理解できることはない

さきほど幻想の商売を否定したように、この本の中で、私は現実世界には存在しない夢を売るつもりはありません。ある意味では、あなた自身の夢を広げようという話は出てきます。つまり、あなたはまだ「それ」を手にしていないし、まだ見たこともないのだけれど、本当に価値のあるものがこの世のどこかにあって、あなたはそれを獲得できるかもしれない、ということです。「そのために頑張って生きていこう」という意味では、確かに、夢の話も大いにしていきたいと思っています。ただ使えるノウハウを提供するというだけではなく、あなたを勇気付けるという点も、私がこの本を書いた根本的な動機だからです。

自己啓発本に代表される夢のセールスを考えてみると、ここで扱われる商品は「どんなに素晴らしいのかがすぐに伝わるが、実際にはどこにも存在しないもの」であることが一般的です。読んですぐに「そんなふうになれたらなんて幸せだろう!」とわかるタイプのものです。しかし、本書で扱うのはこの逆です。すぐにイメージすることが難しいものの、現実に存在する人生の意味や幸せの感覚について考えていきたいと思っています。

これはハンバーグやカレーが大好きだという子どもが、大人になるともっと複雑な味を理解できるようになるといった話と似ています。二十歳の頃に理解できる人生の意味と、四十歳の頃に理解できる人生の意味は異なるはずです。異なっていなければ、それは全然成長していないということになります。

自分にとって本当だと感じられる何かを手に入れたければ、あなたはまだ自分が理解できないもの、まだ想像できないものを目指す必要があります。「そうか! これこそが答えだ!」とすぐにわかるものがあったとしたら、おそらくそれは表面上それっぽく見えるだけの間違いであるか、ちょうどあなたが六歳の頃に遊んだおもちゃに今は満足することがないように、すぐに不十分なものと感じられるようになることでしょう。自分自身の心の成長と、周囲の世界に対する認識の拡大という点も、本書で重視していきたいと思っている観点のひとつです。

人の心もこの社会も、何も単純ではない以上、避けられない本質的な難しさはありますし、広く誤解されて受け入れられている考え方も無数に存在します。物事をシンプルに考えるということは大切な習慣なので、わざわざ話を難しくしようとするつもりはありません。抽象的な理論立てを目的にはしないとお伝えしたように、高尚で小難しいだけの話に本当に価値があるかというのは、確かに疑わしい話だからです。

それでも、本書では「避けられない難しさは避けない」という姿勢を取りたいと思っています。あなた自身にとって意味のあることであれは、それは困難でもやる価値があります。

幸せと自己肯定感

この本の副題にもあるとおり、人生の意味というは、幸せや自己肯定感といった言葉で表されるものとも繋がっています。

「この人生に何の意味があるのか」という形の問いかけは、元から哲学的な傾向を持っている人であれば、十代の頃から考えるようなことかもしれません。そうでなくても、大切な人からの裏切りを受けた、長年自分自身の時間を捧げてきた職場で左遷されたといった生活上の具体的な事件によって引き起こされることもありますし、中年に差し掛かる中でこれまでの生き方に疑問を感じるようになったなど、徐々に起こってくることもありそうです。

「意味」という抽象的な言葉よりも、普通の人が自然な感情として意識するのは「幸せになりたい」という単純な欲求でしょう。ただ、自分の人生に意味が感じられない状態なのに幸せだというのは、ちょっとありそうもない話です。幸せというのは、気の置けない友人と一緒にお茶をしながら延々喋り続けるとか、静かな秋の晩にひとりで夜風に当たるとか、もっと直接的で身体感覚的とも呼べる形式を取ることがあります。そのため厳密には、意味の感覚と幸せの感覚というのは異なります。

幸せと並べて出したもうひとつの要素は、自己肯定感と呼ばれるものでした。意味の感覚なしに幸せになるというのが考えにくいように、自分自身のことがあまり好きではないという状態で幸せだというのも、やはり難しいでしょう。「人からどう評価されようとも、自分はこのような人間でいい」という感覚は、自分自身を幸せにしていく上ではほとんど必須となるはずです。

本書はこうした話題について、精密な用語を定義して論じる哲学書ではないので、ごく常識的な意味での正しい言葉遣いを意識するに留めます。人生の意味、幸せ、自己肯定感、これらはすべてあなたにとって大切なものであり、ぜひとも獲得すべきものです。本書はあなた自身の努力と行動によって、それを現実に得ることを助けるために書かれています。

(序文はここまでです。正式な出版をお楽しみに!)